2018年08月20日

大東亜戦争の論議は大切!

昭和16年12月8日に始まった大東亜戦争が残念ながら日本の降伏と言う結果になったのが昭和20年8月15日でした。
戦いに負けると言うのは、スポーツにしても悔しいもので、なぜ負けたのか、どうすれば勝てたのかを研究し次は勝てる様に稽古するのが当たり前なのに、その思考をしないチームは次の試合にも勝つ事は無いでしょう。
会社の倒産にしても。業績不振にしても同様で、その原因と奪回策を講じた企業はV字回復をしています。
しかし事、大東亜戦争の事となると、「戦争は絶対にしてはいけない」「戦争は嫌だ」と言う所で思考が停止して、いるようでマスコミも、教育も「日本が悪かったので負けたのだ」という論調が主流で「どうすれば勝てたのか?」という疑問,思考は全く欠落しています。
歴史のある太宰府の史跡にある歴史資料館に行くと古代からの遺跡の発掘、古文書などによる歴史的事実が書かれていますが1941年〜1945年は「アジア太平洋戦争」と書いてあります。
あの戦争は、閣議決定で「大東亜戦争」と名称を付けられたのになぜ「アジア太平洋戦争」と言う造語を書くのか、その意味をボランテイアの説明員の人に聞くと「周りの国の事もありますので」と言う事です。
「大東亜」は「東アジア一帯」の事で当時のアジア、アフリカ、南アメリカは殆どの国が欧米列強の植民地でした。
インドネシアは350年間オランダの植民地、フイリピンはスペインがフイリップ二世の時から300年、米西戦争でアメリカが奪い取って50年間植民地、ベトナムはフランスの植民地、ビルマはイギリスの侵略を3度受けついに陥落後の悲惨さは目を覆うばかりで、王族の男性は全て殺害、女王を始め女性はインド兵の慰みものにされてしまいました。
インドはイギリスの巧妙な支配体制で地方のマハラジャを支配す二段構えで植民地支配を200年も続けていました。
歴史資料館の説明員は恐らく朝鮮半島、シナ大陸の事を指して「周りの国」と言う事を言ったのでしょうが、かの国の「宣伝工作」にうまうまと取り込まれているとしか言えません。
シナ大陸の歴史は秦の始皇帝が500年も続く春秋戦争時代を終らせて国を統一したとは言うものの15年も持たず項羽の軍勢に滅ぼされ20万人の兵を生き埋めにしたとされその後も前漢、後漢、宗、元、明、清と支配者が変わり次の支配者が決まるまでは人口が半分以下になるまでの壮絶な殺し合いの戦乱時代が続いています。
日中戦争と言う時代も次の覇者が決まる前の共産党、国民党、地方軍閥、馬賊、匪賊がそれぞれの地方で覇を競い合っていた時代で日本はうまく競わされたとも言えます。
朝鮮も日本が併合していなければ李氏朝鮮の王がロシア大使館に1年間隠れ込んでいた様にロシアの支配下になり後にソ連共産の下に苦しむ事になったでしょう。
伊藤博文は朝鮮併合よりも独立を支援すべきと言っていた人物なので、彼を暗殺した安重根はロシアの支配下に入らず日本との併合を加速させたと言えなくもないとも思えます。
「周りの国」はそれぞれの事情があるので何も日本が「その気持ちを忖度して」「アジア太平洋戦争」という名前を使用するのもおかしなことです。
歴史を知ると言う事は「プロパガンダ」に取り込まれないように大切なことです。
ユーチューブに歴史に詳しい人達の討論があったので興味をお持ちの方は参考になると思います。
3時間有りますのでじっくり腰を据えて見て下さい。
 「もし大東亜戦争の開戦が無かったら?」です。https://youtu.be/mZ0_wOxSUyY
歴史にIFは無いとか言いますがそれは思考停止をさせていた方が都合が良い側の論理なので信じてはいけません。

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posted by 行雲流水 at 01:05 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする